飛び出し方は派手だったが、頻繁に銃撃の声が鳴り響くわ、
物の例えではなくの本当に 人が窓から降って来るわと、
途轍もない荒事ももはや茶飯事の探偵社だからか。
確かに4階の窓から飛び降りて来る行為自体は尋常ではなかったが、
落ちて来た人物らがどこと言って負傷もなく、
ちょっと階段の二段飛ばしをしただけなよに そのまま平然と駆け出したものだから。
小首を傾げつつも“無事ならいっか”とそのまま歩み出すあたり、
都会のお人は不思議現象へのハードルが なかなかに流動的であるらしい。
あちこち駆け回り、途中からはデート気分でヨコハマ中を歩いて歩いて。
運河沿いの遊歩道にて息をついた二人であり。
「ミヤコさん、たった一人で予備知識も少なくて 大変だったでしょうね。」
自分たちの時は、一緒に同じ目に遭った存在が居たし、
何より、周囲の人たちの理解も早く、じゃあ様子見しようかと受け止めてくれていたので、
どうしよどうしよと思いはしたが、さほど恐慌状態にはならなんだけどと敦が呟く。
「芥川は冷静に構えていましたから、最初からボクより落ち着いてたかもですが。」
たははと肩をすくめて苦笑してから、
「けど、ミヤコさんはたった一人で放り出されたのに。」
それでも怖じけず、それどころか自力で制裁加えてやると息巻いて。
何て勇敢なのかと感心するばかりの敦なのへ、
「まあ、あの子はマフィアに長く居た子だから、
放り出されたら、敵陣に捕まったらというケースケースによる対処というの、
覚悟も方法も自分で身に着けていたんだろうがな。」
嫌な言い方になるがそういう異能であるがため 修羅場にも頻繁に駆り出されており、
なれど、実質は非力な女性なだけに、孤立した上で掴みかかられたら勝てるはずもない。
それでも生き延びたければ、厭な目にも遭わねばなるまい…と、そこまで考えていたかどうか。
“聞いた話じゃあ、紅葉の姐さんから 目つぶしから○○潰しまで、
1ダースは余裕で一気に叩き伏せられる秘密兵器を譲り受けてるって話だが。”
………何ですか、それ。(おっかねぇ)
ちなみに、問題の並行世界への扉を開く異能力者氏は、
収監中も四方を異能無効化タイプの能力者に囲まれていたそうだが、
さほど物理的な攻撃は使えぬからと甘く見られたか
微妙に緩やかな対処だったそれが、
今回の事態はさすがに重く見られたようで、
拘束具で縛り上げられるという格好の、重刑者対策をとられているらしい。
「そろそろ俺も向こうへ戻るんだろうな。」
探偵社の寮にほど近い公園の遊歩道。
テラコッタを敷いた歩道沿いに置かれたベンチに腰掛け、
長くなった夕暮れ時の白々とした明るさの中、夕涼みがてらに出て来ていた中也嬢と敦で。
う〜んっと腕を頭上へ伸ばし、
背中を伸ばす中也嬢はその点ちいとも不安がってはいなくって。
最初の作用の反作用なのだから、次界的には元の世界でも、
もしももしも全く別な土地なんかへ飛ばされてしまったらどうするんだろうと、
時々こっちが不安になったものの、
「? 何だよ、しけた顔しやがって♪」
宝石みたいな蒼い瞳を見張ってから、
ふふんと笑ってこちらの髪をくしゃくしゃと掻き回すように撫でてくれる。
手套越しなのにその手は充実していて温かで、
それは頼もしくて優しく、愛しい。
ホントは此処だって彼女には異世界なのに、
ちいとも不安がらず、それどころか中也さんを想って敦少年が寂しがらぬよう、
太宰から煙たがられつつも連日顔を見せてくれてた気遣いの人で。
“……うん。もしも そうなったら。
ボクの中也さんが戻ってこなかったら、世界中尋ね回ってでも探すんだ。”
きっと向こうのボクも同じだろうから、
どっちの中也さんも だから大丈夫だと自分に言い聞かせておれば、
ちろんと見やっていたお顔をたちまちほころばせ、くすすと笑うお姉様だったりし。
余程のこと、考えていることが筒抜けな敦なのか、
それとも一途に何かしら思う横顔が、自分の愛し子に重なったか。
「そんな可愛い顔は他所では絶対すんじゃねぇよ?」
「え?」
「向こうで男の俺へ同じ貌してんのかと思ったら妬けてくっからな。」
「……えっとぉ。////////」
ああもう、どこまでも男前なんだからと、
ちょっぴり嘘寒い想像をしちゃったことまで、
あっさりと拭い去ってくれた頼もしい笑顔へ、
「もうもう惚れ直しちゃったらどうすんですかっ。」
「うぉっとぉ?」
混乱したままに腕伸ばし、
ついつい抱き着いてしまった虎の子くんだったそうな。
◇◇
ちょっと160センチほど おセンチになった刻もありながらも、
男女二人の中原中也は 三日目の朝、目が覚めたら本来の居場所の寝台の上に居たようで。
気が抜けるほどあっさり運んだ仕儀だったが、
例えば愛し子の目の前で一瞬消えるなんてのは
もう二度と繰り返されたくはなかろう情景だったろうから、
これが最も最適だったのやもしれぬ。
勿論のこと、“向こう”の探偵社でも、
思わぬ来訪者が本来の居場所へ無事に戻ったことでやっとの落ち着きを取り戻しており。
「でも、男性の中也さんもなかなかカッコよかったですねぇ。」
「そうそう。女性の中也さんと同じように気遣いが行き届いてて。」
女子校で さばさばと女っぽなく振る舞うところがウケて
王子さま扱いされるタイプの子のように、
女子をお姫さま扱いするよな、
だから同性からもモテるのだとするフェミニズムを欠かさない所がある中也嬢なのは
探偵社でも既に知られており。
まま、相手が男であればその美貌で釣っておいてこっぴどく振り回す癖に、
同性へはとろけるようなだだ甘い手管を持ち出すあたりは
やはり美形な太宰も普段から構えているそれなので
こちらの人々には特異なことじゃあなかったが、
「あれほどの美人で、なのに男性には目もくれないのが、何だか気分がいいというか。」
「それは、彼女もまた
旧態然とした“男尊女卑”傾向を踏みにじりたい派であるからだろうさ。」
大時代の男社会のまんまだろう
あんな組織に居ながらってのが余計に痛快なんじゃあないのかい?と、
カルテを手に医務室から出て来た与謝野医師がふふんと笑う。
こちらに滞在中だった男性の中原中也氏とは、
意気投合して一晩飲み明かしもしたという話で、
「男女が逆になっただけで、性格や性分までは正反対にはならないのは判るけど、
男なんてって鼻で笑ってる彼女が 男性になっても女性を大事にする構えだったのは?」
まだちょっと飲み込めていないのか、事務職員の春野氏が小首を傾げたのへは、
「おかしいかねぇ?
むしろ、自分が男だったらそうするって形の表れだったんじゃあないのかな?」
何も異性が理解できずに反発してたってんじゃあないんだ、
こっちの中也嬢の あの男装の麗人風のフェミニズムがそのまま、
男ってのはこうあるべきという主張みたいなもので。
そこんところは当然 性別が違おうと変わらなかったのさ…と、
そんな会話が こちらでは男性である顔ぶれの間で交わされているところへ、
「自分が庇われたら怒髪天に怒るくせに、矛盾してるったらありゃしない。」
不満たらたらという口調で口を挟んで来たのが、
自分のデスクで頬杖ついて、むっすりと不満顔でいる太宰に他ならぬ。
こちらとの共闘のような格好になったその上、
事態の流れがああだった関係から、敦がそりゃあ心配したことを気遣ったのだろう、
ミヤコが戻った顛末を報告しに来た折も その翌日も、
この事務所へ颯爽と顔を出した彼だったのへ、
『早く帰ればいいのに。』
そんな憎まればかリ吐いてた困ったお人。
鄙にも稀なる嫋やかさ、何かしら含みのあるよな淑とした美人が、
口許尖らせて大人げなくもあからさまに悪態ついたというに、
『そうさな。手前も相棒がいないんじゃあ寂しかろうよ。』
『な…っ。』
ムキになって振り向けば、
『安心して毒づけばいいさ、俺は手前の相棒の “俺”じゃねぇ。
子供ン頃に 傷んでたカニかま食って蕁麻疹が出たなんてことも知らねぇしよ。』
『……う"っ。///////////』
さらりとあしらい、有能な社員の 唯一の取り柄な頭が回らなくなったんじゃあ困ろうからと、
可憐な虎の少女の手を引き、相手してもらうぜ、よしかと
こっちの世界でも、愛らしい敦嬢を掻っ攫ってった小粋な紳士様。
勿論のこと、陽のあるうちに社まで返したし、
人目は避けつつも大きな通りへすぐにも戻れるような開放的な場所、
ウィークデイだから人出が少ないというだけで、人通りは絶えない公園や遊歩道などで、
少女が好みそうな話を色々繰り出し、
ふとした拍子、彼によく似た姉様を想って肩を落とせば、
向こうだって案じているだろから、
泣いてはなかったと胸張れるように元気出せと励まして。
「そりゃあよくしてくれたと言ったら、中也さんたら焼きもち妬くんですよ?」
同じ人なのに可笑しいですよねと、コロコロと笑う敦嬢の机には、
その小さな紳士が ほっそりとしたバカラの花瓶ごと贈ってくれたという
花嫁のベールを飾るティアラみたいな、レンゲツツジが華やかに咲いていて。
“…ちっ。結構いい男だったじゃないのよ。”
どこかの知恵者の女傑が、
こっそりとそんな独り言を、豊かな胸のうちで呟いてたのは誰にも内緒…。
〜 Fine 〜 18.05.20.〜05.30.
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*レンゲツツジというのは野生でも見られる
オレンジ色の小さめのつつじで シャクナゲにも似た華やかな花です。
花言葉は向上心と情熱。
和種と海外種との交配種のアザレアには桃色や白もあります。
蜜には呼吸器を麻痺させる毒があるそうなので、ツツジのように気安く口にしないこと。
根にも毒性があるとのことで、うかうかと触れない方がいいかもです。
で。
何だかややこしいお話でしたが、お楽しみいただけたでしょうか?
ウチは “中也さん至上”なので、
どうしても太宰さんがちょっと負け負けになるのは我慢してくださいませ。
太宰さんも芥川くんも、もーりんの中では畏れ多いほど高貴なお人なので
実は いじるの難しいんです、はい。

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